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もう一度、民藝館展でみた芭蕉布について

 前回、田島隆夫さんの織など、という題名で、などとつけたにもかかわらず、そのほかのことについては書かずに終わってしまいました。きょうはその、「など」のところで書こうとしたことについて。
 今年の民藝館展の奨励賞を受賞した、大城あやさんの芭蕉布のことです。
IMG_0193_convert_20131206225614.jpg
 これは、審査員の先生が、一生に一度の仕事だと絶賛していたのが印象に残っていたので、よく見てみたものです。
 でも所詮布に関しては素人なもので、薄くて軽やかで、生成りの自然な色のむらが美しいといった以上の感想は得られませんでした。
 しかしその後、知り合いの織の作家の方がfacbook上で解説してくれたことによると、とんでもない意欲作だということがわかったので、書いておくことにしました。
 通常、布を織るための糸は、繊維を何本かまとめて撚りを掛けたものを使用しますが、この布には撚りを掛けていません。芭蕉布の常識では、無撚りの糸では織ることができないといわれていたそうです。
 それだけならば、単に技術上の挑戦でしかないのですが、(それだけでもすごいことではありますが)大城さんがそれをなぜ行おうとしたのか、そこには深い理由があったのです。
 確かに今の芭蕉布は撚りを掛けたものを使うのが当たり前となっているのですが、古いものを調査すると、かつては無撚りの糸を使うほうが当たり前だったらしいのです。琉球が日本の文化に影響されることで、糸に撚りを掛けるようになっていったということです。無撚りの糸で織った布と撚りをかけた糸で織った布で、作られる服がどのように変わっていくのか、ちょっと自分にはわかりかねるのですが、この布は、もともとの琉球の文化がどんなものであったのかを確認するための仕事だといえるでしょう。
 時代が下るにつれて、各地が独自に育んできた文化は他の文化とふれあい、影響しあってまた新しい文化を生み出して行きます。それは悪いことではないのですが、その土地にもともとあったものは、その土地の風土に最も調和したものであり、他の文化からの影響によって、それが薄れてしまうこともよくあることだと思います。特に、沖縄と日本のように、政治的に平等でない関係の場合は悪しき影響となってしまったこともたくさんあったことでしょう。
 糸を撚るか、撚らないか、ささいなことといってしまえばそれまでですが、工芸はこんな些細なことで、作るための工程も、出来上がったものも大きく変わってしまいます。そしてそれが服のデザインや着こごちまで影響するとしたら、沖縄の人の精神性にまで影響を及ぼしているかもしれない。
 だからもともとの芭蕉布がどんなものだったのか、それを復元することは、琉球の文化や風土を確かめるためのひとつの大きな手がかりで、そういった意味でこれはとても大きな仕事なのです。
 ということを知り合いから教わったことから思いました(笑)
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ルーシェンカ

Author:ルーシェンカ
長野県の小海町で家具を製作しています。
家具のこと、木のこと、森のこと、その他の身の回りのことを紹介していきたいと思います。
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