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日本民藝館展 講評会 2013

 毎年の締めくくりであります、日本民藝館展が、8日から始まります。
 それに先立ちまして、講評会が5日におこなわれましたので、行ってきました。
 今年の結果は、4点出して、準入選が2点です。こんなもの、でありましょうか。
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 こちらは、自分の作品、ではありません。入選作品で、上手だなあ、いいなあと思った作品です。ガラス越しなのであまりうまく映ってませんが、技術的にとても上手で、丁寧に作られています。
 民藝館展は他の公募展とちょっと選ぶ基準が違うと思います。同じ作者のもので、やはり技術水準は高いのに、準入選のものや、落選のものもあります。デザインがあまり目に付くような物は好まれないようです。良かれと思った工夫が、全体のバランスを崩していたり、かえって使いづらくしていたりすることはあるものです。そういうところは、よく見られていると思います。
 どこにも突出したものが無く、使ってみるとさまざまな工夫をされているところがわかる、そんなものが理想でしょうか。そういうところを見てくれるので、毎年出すのです。

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 こちらは、奨励賞を取られた、秋田の樺細工の茶筒。いいなあ。これほしいですね。触って、ふたの開け閉めをしたかったのですが、さすがに遠慮しました。

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 こちらは箕ですね。網目がしっかりとしていて、丁寧なつくりです。もともと農作業に使うものですが、こんなものも出品されるのが館展のよいところ。これこそが、民藝。暮らしに根ざしたよいものって、こういうものかと思います。

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 こちらは、またたび(だったと思います)の手提げ。これも網目がとてもきれいで、丈夫そうです。ひとつほしいんですけど、なかなか・・・。民藝館展でいつもいいなあと思うのは、こういう竹や、木の皮で編んだものです。素材の良さがストレートに出てきます。自然の素材を生かした技です。

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 こちらも奨励賞の芭蕉布です。この布は、普通の芭蕉布とは違って、芭蕉の繊維一本一本をそのまま糸に使ったもの。だから非常に薄くて軽やかです。織もとても丁寧で、門外漢の私もいいものと思いました。

 やっぱり民藝館展は面白いです。お近くの方は是非一度、見に行かれてみてはいかがでしょうか。

漆の刷毛

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 先日買った、漆の刷毛です。
 普通の刷毛よりも、毛足が短くて、刷毛には見えないかもしれません。
 それに、普通の刷毛とは違う工夫がいろいろなされています。
 まず、普通の漆の刷毛に使われている毛は、人の髪の毛です。(この写真のものは、馬の毛)それを丁寧に梳いて、漆で固めてしまいます。
 そして、その周りを木の薄い板で囲んで貼り付けます。つまり、刷毛の末端にまで、毛が入っているのです。
 だから、先端の毛が磨耗してきたら、鉛筆のように周りの木の板ごと削って、新しく仕立て直すことができます。
 また、その削り方によって、毛足の長さを調節することもできます。
 そして、普通に見るペンキ用の刷毛よりも毛足が短いのは、漆というものが、粘度が高いからです。腰が強くなければ、漆を塗ることはできません。また、もしかしたら、漆というものが大変高価なものであるために、毛足が短いほうが漆を無駄にしなくてすむということもあるかもしれません。
 この刷毛を下ろすときは、毛の部分が、漆で固められていますので、金槌でたたいてやわらかくし、石鹸水で何度ももんで、その漆のくずをとる必要があります。
 何でこんな手間のかかることをしなくてはならないのか、疑問でした。刷毛を作るほうにとっても、使うほうにとっても、手間がかかるのに、なぜ毛を漆で固めなくてはならないのか。
 ひとつは、抜け毛の防止のためです。しかし、それだけではなく、もうひとつ理由があります。
 漆の刷毛は、作業が終わると、タネ油(サラダ油など)で洗い、漆ができる限り毛に残らないようにします。このタネ油は、漆を固まらせない性質を持っています。だから、次の作業の一番初めには、このタネ油を刷毛からとる作業から始まるのですが、毛の中のほうが、漆で固められていることによって、タネ油が中のほうまでしみこまないようになっているのです。
 そのことに気づいたのは、以前、安物の刷毛を使ってみたときです。どうも塗った漆が乾かないと思って、いろいろ調べるうちに、刷毛の毛がよく固められておらず、タネ油が中までしみこんでいるのに気づいたのでした。

 仕事のうちの、漆を塗る、ということだけのための道具で、本当に取るに足らないものといえばそうなのですが、ないと困るものです。その作業がスムーズに行くために、さまざまな工夫がなされています。
 これを作ることができる人も、大変少なくなりました。工芸は、このような道具一つ一つにも支えられていますが、その支えも危うくなってきています。
 でも、こういう道具って、なんか好きです。見ていても美しいと思うし、それを手にとって、使うことができるのは、幸せなことかもしれません。
 

オドロキ

 志村ふくみさんといえば、紬織りの人間国宝で、もう80歳は超えているはずだけど、その著書を読めば、何に対してもとても正直で、まっすぐ突き詰めていくような方のように思えます。
 中学だか、高校のときの国語の教科書に載っていた随筆が、この方との出会いでした。桜の色を染める話で、花から色を取り出すことは出来ない、花の色は、もうすでにこの世に出てしまった色で、桜の色を染めようとすれば、花の咲く前の樹皮から色をいただく。ここには、一年間、桜の木が花にするための色が貯めこまれている。だから、色を染めるということは、その植物の命の色を染めるということなのだ、というような意味の文章だったかと思います。もう昔のことなので、うろ覚えですが、忘れがたい文章でした。
 その志村さんが、最近新しい本を出版されたそうです。その出版記念パーティーで、驚くようなことをされました。
 なんと、洋服を着て、マイケルジャクソンを踊ったそうです。
http://mainichi.jp/enta/book/news/20110214dde018040013000c.html
 すごい・・・。なんととらわれのない感性をもっていらっしゃるのでしょうか。
 私は、もちろん志村さんにお会いしたことなどはありませんが、写真で見る志村さんはいつも和服で、洋服を着たということだけでも驚きですが、マイケルジャクソンを踊るなんて、予想の範囲を完全に超えています。
 感性を磨いていきたいものです。毎日、小さなことにも新たな感動を得ていけるように・・・。
一色一生 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)一色一生 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
(1993/12/24)
志村 ふくみ、高橋 巌 他

商品詳細を見る


 やどりぎ2_convert_20110219233609
 本文とはぜんぜん関係ありませんが、松原湖付近で見つけた、やどりぎです。やどりぎを見つけると、うれしい気持ちになります。



 

日本民藝館展講評会

 先日お知らせした、日本民藝館の講評会に行ってきました。
 ここに行くと、いつも自信を無くします。周りのものがすべてよく見えて、自分のものが劣って見えるのです。
 民藝館展が、ほかの工芸展と大きく違うのは、使うということと、手仕事ということを基準に選んでいることで、そのため、ほかの工芸展ではなかなか見られない、わら細工や、つる細工、和紙、桶のようなものまでが選ばれています。
 説明することがとても難しいのですが、手間をかけて、丁寧に仕上げることが、美しいという思い込みを持っていた自分にとって、そこに用というものがはいってくると、それだけではくくれないことがわかりました。工芸的な、いわゆる用の美とは、美術的な美(?)とは少し違う、もっと多様なものであることをここで教わったような気がしています。
 さて、すでにお知らせした通り、今年は準入選が1点のみ、アカマツで作った文机です。ほかに、サクラで作った小箱、同じくサクラで作った茶托を出品しましたが、どちらも落選でした。
 審査員は、いつもお世話になっているS先生。この日は、ほかのお仕事で欠席されていましたが、すべての出品作にコメントを残してくださっていました。大変だったと思います。ありがとうございました。
 もちろん、私の出品したものにもそれぞれコメントを下さっていて、それぞれ違うことをおっしゃってくださったのですが、大雑把にまとめると、バランスが悪い、ということになると思います。それは、つまり、右足と左足が、それぞれ別の方向に行こうとしている、というような感じでしょうか。ここが、私にとっての、今後の大きな課題です。

 講評が終わると、民芸館のスタッフの方々や、出品者の有志で、恒例の懇親会に行ってきました。これが楽しみだったのです。また、新たな出会いがいくつかあり、収穫の多い一日でした。

金城次郎さんのこと

 沖縄の陶器が好きで、今回の沖縄旅行ではその窯元を見てみたいというのが目的のひとつでした。
 もちろん、飛込みで見させてもらえるわけはないのですが、2日目に行ったやちむんの里では、窯元の直売店から、奥にある作業場を覗けるところがあって、ちょっとだけ覗き見させていただきました。(笑)
 沖縄の陶器というと、クリーム色の地肌に筋彫りで魚などの絵が描いてあって、それを青や黄色や、時には赤でで色付けしてあるのが頭に浮かびます。この色が、なんとも沖縄らしいというか、沖縄の海や、太陽や、赤瓦を白い漆喰で固めてある屋根などの風景を思い起こさせるのです。
 そんなわけで、やちむんの里をはじめ、那覇の国際通り周辺でも何軒も、陶器がおいてあるお店を見てみたのですが、どこのお店にも、必ずといっていいほど、金城次郎さんの陶器が、ガラスケースの中に飾ってありました。
 リンク先を見ていただければわかりますが、金城次郎さんは、人間国宝になったほどの陶工で、今回の旅行中に聞いた話によると、魚の絵のモチーフを使い始めたのもこの方だそうです。
 金城次郎さんが亡くなったあとも、いろんな方がこの魚の絵を受け継いで使っていますが、比べてみるとぜんぜん違う。
 金城次郎さんのほうが、雑というか、無造作に作っています。化粧土を塗った刷毛跡もはっきりと残っているし、時々それが塗りきれないで、地肌の赤土が見えているところもあります。魚やえびの模様の筋彫りも、丁寧に彫っているとは思えません。
 けれどもそれは、作ったときのスピードと勢いを感じさせます。よほど手が決まっているのでしょう。それほどのスピードで作っても、形のバランスが崩れていないのです。
 それは野性的な生命力となって形に表れます。まさしくこれは、沖縄の風土から生まれたものだと思うのです。
 ほかの人の陶器は、金城さんのものを見てしまうと、もっと丁寧に作っているけど、まだ作っているという感じで、生まれたものとまではいえないと思います。
 別にこれは、現代の沖縄の陶器を批判したくて言っているのではなく、自分の仕事は、果たしてどうなのだろうということを考えるために書いています。
 たぶん、自分のほうが、もっとこねくり回して作っています。でも、そこをしっかりやっていくしかないのでしょう。いつか、考えたり悩んだりするところから抜け出して、当たり前の形を、当たり前のように作ることができるようになるのでしょうか。いつかその場所に立ってみたいものです。
プロフィール

ルーシェンカ

Author:ルーシェンカ
長野県の小海町で家具を製作しています。
家具のこと、木のこと、森のこと、その他の身の回りのことを紹介していきたいと思います。
メールアドレス atsushitakahashi@nexyzbb.ne.jp

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